38年ぶりに神津陽を読んでみました

ruiikumi2009-05-01

 最近はすっかり40年ほど前のU15からU−23時代の青年前期の社会運動や社会思想を振り返り再検討する作業に熱中しています。何回も言っていますが、「ブラックホール」である連合赤軍事件を克服しないと日本の社会運動は再建できないと思いますので。

 前回はしつこく元赤軍派議長の塩見卓也氏の発言をなぞりました。ぱとりhttp://homepage2.nifty.com/patri/というホームページも立ち上げていて、最近の発言も閲覧が可能です。

 一方1971年当時赤軍派と対峙していた共産主義者同盟(ブント)叛旗派の指導者神津陽氏。こちらは入会した大学サークルの先輩たちが叛旗だったこともあり3回ぐらい集会で目撃したことがありました。本棚で38年間も放置されていた本を読み返しました。

「10・21中央権力闘争論、東大マッセンスト論も含めての、中権+マッセンスト論の4・28前段までの問題点は、軍事問題のつきつけと反帝純化主義による統一戦線解体(第一次三派〜王子)を経て、赤軍派を生み出し、党ー軍ーソビエト論が再吟味されるまで切開されずに残ったのである。
 赤軍派が、中央権力闘争をより純化させ、前段階武装蜂起ー臨時革命政府樹立へ短絡させたのに対し、わたしたちは、党・軍の連関を明らかにしつつ、マッセンストをソビエト運動へ発展させていった。」(P102)

「69年10・21前段で定式化された「中央権力闘争ーマッセンストライキソビエト運動へ」にいたる混乱は、中央権力闘争ーマッセンストライキをプロ独樹立ーソビエト形成に向けた運動戦略として,党ー軍ーソビエト(統一戦線)の視野から再構築しえなかったことによると考える。

 中権ーマッセンストからの「ソビエト運動」とは明らかに、プロ独の実体=ソビエトソビエト=蜂起の機関に二重性を付与して使われており武装との関係、時間的推移との関係では、いわゆる綱領域にあり、そのままでは反戦全共闘政治ヘゲモニーの評価軸、獲得課題になりえないのだ。
 武装ソビエト運動や、ソビエト的運動とソビエト運動の区別や、地区共闘=地区ソビエトの萌芽や、戦略的マッセンスト論等の混乱の止揚は、以上をふまえて中権ーマッセンストを綱領ー戦略の位置から運動戦略としての定めることにより可能なのである。
 
 軍なき、党なきポツダム自治会解体ーソビエト論(構改派とか、ソビエトは放置すれば人民戦線左傾化ー党による政治ヘゲモニー形成論(情況派)とか、武装ソビエト運動等は、明らかに世界同時革命ー世界プロ独樹立へ向けての運動戦略(中権ーマッセンスト)に組み込まねばならない。

 現在中央権力闘争は、主に党派の非合法政治軍事部隊と結合し、来るべき党ー軍に担われて闘われる。マッセンストは、プロ独の実体たるソビエト形成へ向けての階級の成熟を獲得目標にし,現在では,大衆自衛武装を防衛し、拡大し、攻撃性を付与することにある。」(P103)

 わかったようなわからん文章です。時代背景が今ひとつわかりませんし。「ソビエト」というのは「評議会」であり、直接民主主義で地域のことをなんでも決定する民主的な決議機関のことであると思います。

 党ー軍ー統一戦線

「世界党ー世界赤軍ー世界プロレタリア統一戦線は、世界同時革命ー世界プロ独への組織戦略である。ここでいう党は、国際的分派闘争を通じて成長し、世界プロ独へ至るや否や、死滅の過程へ一歩踏み出すのである・当面、国際的党建設が要である。

 世界赤軍は、世界党の軍団とソビエト軍団(政府軍+赤衛隊)の総体として呼称される。世界プロ独の確立と、ソビエトの定着化の路線に見合って、現在要求される武装の質は、非合法政治的軍事と大衆武装の領導であることは明らかにしてきた。

 ここで統一戦線とは、ソビエト政府を形づくっている党派間統一戦線と、ソビエトにおける諸階層間結合の総称である。世界プロ独は俎上にのぼるとき,ソビエト政府内統一戦線は、国際党派間統一戦線に規制され、ソビエト軍は国際潮流の選択と革命の輸出入に従い、国際党の軍隊と結合し、、又支援を受ける。世界同時革命ー世界プロ独樹立五、党ー軍0統一戦線が、(党)−(軍)ーソビエトへ展質することについては既に述べた。(P104)

 赤軍派とは明らかに異なる論理構成であるとは思います。「プロ独」は「プロレタリア独裁」体制の略称でしょう。政党と軍隊と民主的評議会との関係性を神津氏なりに整理し書いたのでしょう。

 文字をなぞりましたが、わかったようなわからんような感じです。古文書を読んでいくのは大変ですね。

 神津氏が現在のグローバル資本主義をどう思っているのか?またどう克服するのか聞いてみたいものです。